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今月の短歌 8月「試練に立ち向かう」

いかに堪へいかさまにふるひたつべきと試の日は我らにぞこし

佐佐木信綱『豊旗雲』

 前回、三枝昂之歌集『遅速あり』より、信綱を詠み込んだ歌を挙げた。今回は、三枝が引用した信綱の歌である。日本歌人クラブ会長を令和2年に退任した三枝の、歌人クラブのホームページに載せた退任の挨拶の中に引用されている。
 「長年私が短歌講座を担当している早稲田大学エクステンションセンターから四月二十七日に、今年は春学期に続き秋学期も中止という連絡が入りました。長期戦を覚悟しなければならない事態のようです。そうした困難の中に浮かんでくる短歌があります」と書き、掲出歌を紹介している。続けて、「このとき信綱を襲ったのは関東大震災でした。心血を注き、印刷を終わった直後の校本万葉集本文二十冊を震災の火災で失い、信綱は脳貧血で倒れました」と書き、コロナ禍で後を引き継ぐ歌人クラブの新メンバーに待ち受けている困難に思いを致している。
 この歌の詠まれたのは、三枝が書くように関東大震災の後間もない時期である。『佐佐木信綱 作歌八十二年』には、大正12年11月の項に「伊勢の熊沢一衛君が来訪された。(中略)君は、出来る限りの助力をするから、是非再興をはかられよと自分を激励された。それで、上述の如く、天祐といいつべく残存した校正刷二部をもととし、再び「校本萬葉集」を印行すべく企てることになった。」と、その後の経緯を語っている。そして次の歌を載せている。

一すぢの光さしぬれぬばたまの心の道のをぐらきに今

 熊沢一衛氏の助力申し入れによって、信綱の暗い心の道に今一筋の光が差し込んだ、という歌である。その後に「大震災後作」と題して、7首の歌が載っていて、そのなかに掲出歌がある。大震災という未曽有の災害に立ち向かう気持ちを詠んだ歌であるが、三枝は、この歌を今のコロナ禍の困難に立ち向かう場面に当てはめた。どのようにこの災難に立ち向かうのか、どのように心を奮い立たせるべきか、今試練の時が我々に訪れている、という意味である。令和2年に引用された歌であるが、私たちは今なお試練に立ち向かっている。

(短歌鑑賞:森谷佳子)