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今月の短歌 5月「立山を詠む」

奈古の江にさすは五月(さつき)の日立山の遠つ山脈(なみ)雪いただけり

 『作歌八十二年』の昭和4年信綱58歳の条に、「五月初旬、日には十日夜には九夜を北陸の旅に赴いた」とある。ちなみに「日には十日夜には九夜」とは、「古事記」にあるやまヤマトタケルの逸話から、連歌の起源と言われる筑波の道の「かがなべて夜には九夜日には十日」をひっくり返したのである。九泊十日の万葉の故地を訪ねる旅であったが、多くの古典籍古筆を見ることが出来て、いわゆる「眼福」を得て帰った。また多くの歌を詠んだ旅でもあった。その中の一首を冒頭に挙げた。
「奈古の江」は「奈呉の海」とも言われ、今の富山県射水市の放生津潟のあたりであるという。ここには万葉歌人の大伴家持のゆかりの放生津八幡宮がある。家持が天平18年に越中守に任じられで赴任し、5年間の在任中、その地で多くの和歌を詠んだ。家持はその任地の海岸の風景を愛し、また立山の美しさを愛でた。特に、「奈古の江」を詠みこんだ歌が多く見られる。その一首は、信綱の揮毫で放生津八幡宮に歌碑がある。

あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人(あま)の釣する小舟(をぶね)漕ぎ隠る見ゆ

 天気の良い日に奈呉の地に立つと、富山湾を隔てて、海の向こうに雪をいただいた立山連峰が見える。紺碧の海と白い峰々が輝くばかりの景色である。掲出歌は、五月の陽光の中で立山の輝く白がこの世のものとは思えない美しさを詠んだものであろう。少しぎこちないリズムに、信綱の感動が表れているように思われる。

(短歌鑑賞:森谷佳子)