最新情報

今月の短歌 9月「尾高高原の歌碑」

夏知らぬ尾高高原ゆきゆくとほすすき風に朝明川しろし

佐佐木信綱 尾高観音参道入口歌碑

 尾高高原は、鈴鹿山脈の麓、菰野町にある高原である。尾高高原への登り口の一つに尾高観音があり、その参道の入り口にある歌碑に刻まれた歌が掲出歌である。
 参道の入り口は、土塁を斜めに切るようにして作られていた。樹齢300年と言われる檜の続くゆるやかな坂道を登り切った先には六角堂がある。中世仏教文化の栄えた地であったが、信長の伊勢侵攻によって破壊されたという。
 明るい夏木立の中、参道の入り口の左わきの樹陰のなかに、信綱の歌碑は涼し気に建っていた。伸びあがるような美しいフォルムの瀟洒な碑である。足元を見ると、石組みなどがあり、荒れ果てているが、日本庭園風にしつらえてあったことがわかる。
 信綱の筆にしては読みやすい字だな、と思って近づくと、川田順謹書とある。碑背に回ってみると、「昭和40年12月建之 尾高観光協会」とある。信綱の死後に建てられたものだった。しかしこの歌はその内容から明らかに信綱が実際に尾高高原に登って詠んだものだと思われる。
 「夏しらぬ」とは、夏を感じられない、ということであり、夏でもすすきの穂が見えるほどの涼しさであったということか。尾高高原の最高点尾高山は標高533メートルだから、夏でもかなり涼しかったのであろう。その尾高高原から朝明川の白い川面が見えたのだろうか。信綱が尾高高原をいつ訪れ、いつこの歌を詠んだのかがわからない。

短歌鑑賞:森谷佳子