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今月の短歌 令和5年2月「はたと落ちたる白玉椿」

つぎほなくいいそそくれて(もだ)しをりはたと落ちたる白玉椿

『常盤木』

 2月のこの欄にふさわしい短歌を探していて見つけたのがこの歌である。上句に惹かれた。話の接ぎ穂がなく、言いそびれてただ黙っている、筆者にも経験のあることである。押し黙っている二人の気まずさ、そんなときに庭の白玉椿がぽたりと落ちたのであろうか。椿の花は花びらが散るのでなく、一花ごと落ちるのが知られている。「はたと」は、ぽたっととかぽたりとか訳せる。沈黙に静まり返ったところに、はっとさせる音である。そういう状況にある二人を救う「音」であったかもしれない。上句の静寂に対し、その静寂を破る音が下句とみることができる。しかし、本当に椿の花の落ちる音が聞こえるであろうか。庭に出てその花をじっと見ている時に花が落ちたならば、きっと聞こえるであろう。あるいは、聞こえたような気がするであろう。そんな落ち方であろうから。ならば、白玉椿は二人のいる室内の花瓶に挿された花であったろうか。それならその花瓶はどこにあったのか。二人から見えるところにあったのか。次々に疑問が湧き、歌のシーンへの想像が膨らむ。
 信綱は、筆者の思うに、人あしらいに長けた、人を逸らすことのなかった人である。この歌に詠まれた状況は信綱自身のことではあるまい。実は、この歌は題詠であった。この歌を含む18首は「探題歌」という題詞で括られている。「夜」「白」「椿」と続いてそれぞれ数首の歌が並べられている。掲出歌は、「椿」の題の二首目の歌である。したがって、上句は実際の情景をその場に臨んで詠んだものでなく、かつて感じたこと、経験したことを思い出して詠んだものであろう。あるいは、想像上の景を詠んだものであろう。「はたと」は、実際の音ではなく、目で見た、あるいは心で聞いた音であろう。

短歌鑑賞:森谷佳子

白玉椿