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今月の短歌

虻は飛ぶ、遠いかづちの音ひびく真昼の窓の凌霄花(のうぜんかづら)

佐佐木信綱『新月』

 

「凌霄花(のうぜんかずら)」は、つる性の木に、6月から8月くらいまでひときわ目立つ朱色の花をたくさんつける。樹木や壁にからみついて伸び、花の時期は一面に朱の花で覆われ、遠くからでもそれとわかる。掲出歌の花は、窓に絡みついているのであろうか、あるいは、窓から花が見えるのだろうか。

不思議な雰囲気を持った歌だと思う。上の句では、虻の飛ぶ幽かな羽音が耳に近く聞こえ、遠くの雷の遠々しい音もする。下の句は、真昼に咲き盛る朱の花の饗宴である。静謐な油絵を見るようである。物語の一場面を絵画にしたようである。信綱は何をどんな物語を描きたかったのだろうか。

『新月』では、三十代の信綱が実験的な歌にさまざま挑んでいるように思える。この歌もその一つであろうが、印象の強い、「凌霄花」の花のように人目を引く歌である。歌にはあまり見ない読点も、『新月』では多く用いられているようである。この当時、短歌に読点を用いることは他の歌人も試みたのであろうか。石川啄木が三行分かち書きをしたことは有名である。時代が下って、大正時代になると、釈迢空は、

葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり

のように、句読点を用いた歌を詠んでいる。いつごろから句読点を短歌に用いる試みがされたのか、信綱の挑戦であったのか、筆者は不勉強で知らない。

(短歌鑑賞:森谷佳子)