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今月の短歌 8月

白がねの千筋の征矢(そや)は湯の山の緑の盾をよこしまに射る
佐佐木信綱『佐佐木信綱――作歌八十二年』

 

「湯の山」とは、ここでは箱根の山をいう。『作歌八十二年』の明治44年8月の項に「日光を訪い、帰って箱根底倉に滞在した。」とある。
「白がねの千筋の征矢」とは、銀色の千本の鋭い矢ということで、陽射しを矢に喩えたのであり、「緑の盾」とは、その陽射しがそそぐ木々の緑を盾に喩えて表現しているのである。銀色の陽射しが千本の鋭い矢のように横ざまに注いで、それを受ける木々の緑が矢を受ける盾のようだという。陽射しが横ざまにそそぐとは、朝陽が昇るときの光景であろうか。
ここには「見立て」という技巧が用いられている。「見立て」とは、あるものを、それと似た別のもので示すことである。ここでは、「陽射し」を「征矢」に、「木々の緑」を「盾」に見立てていて、更に「征矢」と「盾」が互いに関連のある語、つまり「縁語」になっている。伝統的な和歌の技巧を駆使した歌である。そして、箱根の山の豊かな緑と降りそそぐ明るい日差しを読む者の脳裏に現出させる。
このとき、信綱は次の歌も読んでいる。

虻飛ぶや山あぢさゐの花かげを苔にゑがきて薄き日のさす

この歌は、陽射しのつくる微妙な影を詠んだ繊細な歌である。虻が飛んでいるあたり、淡い陽光が山あじさいの花に射して、花の影をその下の緑の苔に描いている、という情景だ。なお、写真は、加佐登神社の裏山の紫陽花である。(短歌鑑賞:森谷佳子)