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今月の短歌 10月

月の色と水の光と倶に皓皓(しろ)し巌頭半夜一人の僧

佐佐木信綱『山と水と』

 

漢文訓読調のちょっと硬い感じのする歌であるが、信綱の歌の中ではよく知られた歌である。昭和15年、信綱69歳の折、那智の滝で詠まれた。『作歌八十二年』には、「この夜、那智に於ける西上人の歌を懐いつつ、月色水光倶皓皓、巌頭半夜一人僧、の句を得たが、起承成らず、訓読として一首の歌とし」たとある。

西上人とは、西行のことであり、信綱は幼いころから西行の「山家集」に親しんでいた。西行が那智に遊んだときに詠まれた歌を思い浮かべながら、信綱は漢詩(七言絶句)を作ろうとして、転結(3句4句)を作ったが、起承(1句2句)が出来ずに、訓読みをして一首の歌に仕立てた、というのである。

この歌のことは、『作歌八十二年』の他に、随筆集『明治大正昭和の人々』でも語られ、『短歌入門』の自薦歌の中にも入っていて、信綱の自信作であったらしい。昭和26年に刊行された『山と水と』には、「西行上人を憶ふ」と題して入れられている。

歌の意味としては、月の色と水の光が倶(とも)に白い、その那智の滝の巌(大きな岩)の先端に、夜半人の僧、すなわち西行が立っている、という幻想的な光景だ。信綱が「那智に於ける西上人の歌を懐いつつ」と書いている、その西行の歌について、佐佐木幸綱氏はその著書『佐佐木信綱』で、

 

雲きゆるなちのたかねに月たけてひかりをぬけるたきのしらいと

(雲消ゆる那智の高嶺に月たけて光を抜ける滝の白糸…森谷註)

 

を挙げていられる。この歌は西行の「山家集」に見える歌で、雲が消える那智の高嶺に美しい月が昇って、その月の光の中を滝の白糸が貫いている(「抜ける」と「白糸」は縁語)、という月の光と滝の白い流れが交錯する美しい景色を詠んでいて、一度読んだら忘れられない歌である。(筆者は不勉強にして知らなかったが) 信綱はおそらく子どもの頃にこの歌を暗誦して、69歳の折に、那智の滝で月を見た時、おのずとこの歌がよみがえり、漢詩の句が思い浮かんだのであろう。

なお、筆者は、掲出歌から、『去来集』中の一句「岩鼻やここにも一人月の客」を連想した。この句も、信綱の頭にはあったのでないだろうか。(短歌鑑賞:森谷佳子)