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今月の短歌 5月

ふみ 行かむいばらの道とかなしみしをみなを今にしのびけるかな
斎藤茂吉『白桃』

 今回は信綱の歌ではなく、信綱が茂吉に詠ませた歌である。茂吉の題詞には「『静』賛歌。昭和八年五月一日歌舞伎座に、佐佐木信綱博士作『静』が上演されたので、招かれて観に行った。その日、佐佐木博士より歌を所望せられたので、次のごとき歌を色紙に書いた。五月三日」とある。
 掲出歌の「をみな」とは「静」のことである。「静」の歌舞伎を見て、彼女の踏み行くいばらの道のかなしみを改めて今に偲んだ、というのである。
 信綱は会う人ごとに誰彼なく歌を所望したようだ。角川「短歌」誌2015年10月号に、幸綱氏が高校時代に「目撃」した話を書いていられる。新聞社のカメラマンが正月用の写真を撮りに来たとき、「私は短歌を作らせるのが仕事。あなたにも短歌を作ってもらいます」と言って、原稿用紙と鉛筆を渡された。若いカメラマンは困っただろうが、何とか短歌を作り、信綱はそれを添削し、写真を撮った、と。
 歌舞伎座で「静」が上演されたとき、招かれた茂吉にもその場で色紙を渡し、歌を所望したのであろうか。茂吉も「では作りましょう」と言って、掲出歌を作ったのだろう。ちなみに、この茂吉の歌を紹介していられる永田和宏氏は、この歌は全然よくないと言っている。茂吉は近代最大の歌人ではあるが、いい歌もつまらない歌も作った、と。(第32回子規顕彰全国短歌大会講演より)
 なお、写真は、信綱作歌舞伎「静」の絵看板で、西行と静の図である。

(短歌鑑賞:森谷佳子)