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今月の短歌 8月

赤くこげし焦土の中ゆところところはつはつに芽ぐむ青葉の光

下村海南『終戦秘史』

 前回、信綱と門人下村海南の俊成忠度に擬した「西山歌の別」にまつわる歌を取り上げた。今回は、その「西山歌の別」にある海南の歌を挙げた。この歌は、海南の説明によると「たまたま八雲書房は恩師をはじめ十二人よりなる新日本歌集の発刊をくわだてることとなり、私もその一人に選ばれた。私は空襲のサイレンを耳にしつつ、寸暇をさきて歌草をとりまとめた」。そして歌二首が置かれ、「こうした歌にちなみ、歌集に題して蘇鉄(そてつ)と名付けた。その歌稿を手にした私は、七月二十日土曜日大本営定例の軍部と外務の報告を聞き、情報局と内閣の用務を片付けて、午後大阪行の汽車に乗る。客車中央部にからくも座席を得たが、すしづめとなりし群衆は左右の出入口をせかれて、私の座席の窓は飛び出し、すべりこみの非常口となり、老若男女の別もなく、まず次から次へと私のひざ頭がすべり出す人たちの踏切台となる。しょうこともなく、なるがままに往生観念し、眼をつぶっていると」ここから俊成忠度の故事が頭に浮かぶのである。

 少し引用が長くなったが、その当時の電車の込み合った状況など克明に描かれていて、興味深い。
掲出歌は、やわらかな古語を用いて、空襲下での植物の生命力を詠んで、自然というもののありがたさを読む者に感得させる秀歌だと思う。「はつはつに」は、ほんのわずかに、かすかに、の意。この歌から「蘇鉄」という歌集の題をつけたという。蘇鉄は強健な植物として知られ、九州南部には自生するが、本州各地でも植栽可能である。「蘇鉄」という名前は、枯れかかったときに鉄クギを打ち込むとよみがえるという伝承に由来するという。痩せ地でも生育する。そうしたことからの命名であろうか。もう一首の歌を挙げる。

 焼かれても焼かれても青き芽を吹きてよみかへりよみかへり生きぬく力
この歌になると、植物のたくましさから、人間のたくましさへのエールも感じられるが、やや表現がくどく感じられる。掲出歌には及ばないと思う。
写真は、海南の胸像と歌碑のある串本町の、名刹無量寺の境内にある蘇鉄である。

(短歌鑑賞:森谷佳子)