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今月の短歌 9月

思ひは思ひを生み歎きは歎きを積み、ふか夜こほろぎ

佐佐木信綱『山と水と』

  7月、8月と、信綱と門人、下村海南の終戦間際の歌を紹介したが、今回は終戦後間もないころの信綱の歌である。四、六、四、六、七という音数である。信綱には破調の歌が多いし、破調を奨めていた節もある。が、これはまた極端な破調である。信綱にとって、敗戦は大変な衝撃であっただろう。その心に受けた痛手の深さが、この歌の破調を生んだと思う。四句まで、思いはさらに思いを生み、尽きない、そして歎きは積み重なる、と詠み、その後、ため息のように読点が打たれ、気がつけば深夜の静寂にこおろぎの声が聞こえる、で余韻を残して一首は途切れる。こおろぎの音(ね)という、いつの世にも変わらぬ自然の営みが信綱の心を慰めたであろうか。多くの人々が、おそらく同じような悲嘆を重ねつつ、夜の静寂(しじま)を耐え忍んだのであろう。人間の愚かな行為の果てに、こおろぎが静かに鎮魂の歌をうたっている。象徴性を持った歌である。

(短歌鑑賞:森谷佳子)