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今月の短歌 9月

二子山麓の道のささ原のさやさや鳴りて霧まき来たる

 

佐佐木信綱『常盤木』

 

 

 信綱44歳、大正4年10月に箱根を訪れた時の連作の中の一首である。箱根の二子山は写真で見ると、駱駝のこぶのように、こんもりとした山が二つ並んでいる。掲出歌は、二子山の麓の道の笹原が風にさやさや音を立てて、霧が一面に立ち込めて来た、という意味である。山道を歩いていると、不意に霧が立ち込めて、風景が一変するような場面に出会うことがある。そういう光景に接したのではないだろうか。
 「さ」の音の重なりが笹の葉のさやぐ音を感じさせる。古くは柿本人麻呂の有名な歌がある。「ささの葉はみ山もさやにさやげどもわれは妹思ふ別れ来ぬれば」この歌は、人麻呂が石見の国に赴任してその地で愛した妻と別れて都に帰るときの相聞の歌である。笹の葉の騒ぐ音に不安を掻きたてられながらも、ただ、今別れて来た妻の面影だけを抱いて山道を歩いているという。人麻呂のひたむきな気持ちが出ているようで私の好きな歌だ。掲出歌ももちろん、この絶唱を踏まえた作であろう。「万葉集」の歌は信綱の血となり肉となっていたから、箱根で風に鳴る笹原を目にしたとき、身内から自然に出て来た歌であったろう。
 連作中の次の一首は萱(かや)を詠んだ歌であるが、やはり万葉を思わせる歌である。

 

夕されば山霧おりてかや原の萱のなびきの音かそけしも

 

(短歌鑑賞:森谷佳子)